「包丁を見ると、家族を傷つけてしまうのではという考えが浮かんで怖い」
「運転中、人をはねたかもしれない気がして、同じ道を何度も戻って確認する」
「赤ちゃんを抱っこしているとき、落としてしまう場面が頭をよぎって、抱き方に問題ないかを何度も家族に確認した」
こうした「自分が誰かを傷つけてしまうかもしれない」という考えが繰り返し浮かび、苦しんでいる状態を加害恐怖と呼びます。強迫症(OCD)の代表的な症状のひとつです。
最初に、この記事でいちばんお伝えしたいことを書きます。
加害恐怖に悩む方が、実際に人を傷つけることは基本的にありません。むしろ「絶対に人を傷つけたくない」という思いが人一倍強いからこそ、頭に浮かんだ考えに強い恐怖を感じるのです。 あなたは危険な人間ではなく、「考えが浮かぶこと」に苦しんでいる状態です。そして、この苦しさには有効な対処法があります。
加害恐怖とは
加害恐怖とは、「自分が他者を傷つけてしまうのではないか」という侵入的な考え(強迫観念)と、それを打ち消すための行動(強迫行為)からなる、強迫症の症状のひとつです。よくあるパターンには次のようなものがあります。
- 刃物や火の元を見ると、加害する場面が頭に浮かび、怖くて近づけない
- 運転中に段差を踏むと「人をはねたのでは」と不安になり、引き返して確認する。ニュースで事故報道を確認する
- すれ違った人に「ぶつかって怪我をさせたのでは」と不安になり、振り返って確かめる
- 家族に「私、何もしていないよね?」と繰り返し確認する(保証の求め)
- 刃物を隠す、運転をやめる、人混みを避けるなど、不安な状況そのものを回避する
- SNSやアプリのコメント欄に脅迫内容を書き込んでしまったのではないかと不安になり、何度も確認する
- 「自分の考えが現実化して、家族を傷つけてしまうかもしれない」と不安になり、必死に考えを打ち消そうとする
なぜ「考えたくないこと」ほど浮かぶのか
実は、「大切な人を傷つける」「取り返しのつかないことをする」といった考えが頭をよぎること自体は、大多数の人が経験するごく普通の現象です。研究でも、健康な人の9割前後が、暴力的・不道徳な内容の侵入思考を経験することが示されています。
違いは、考えが浮かぶかどうかではなく、浮かんだ考えをどう受け止めるかにあります。
加害恐怖に悩む方は、浮かんだ考えを「こんなことを考えるなんて、自分は危険な人間かもしれない」「考えてしまった以上、実行してしまうかもしれない」と重大に受け止めます(思考と行動の混同)。すると強い不安が生じ、確認や回避で不安を打ち消そうとします。
ここで起きるのが、確認強迫と同じ悪循環です。
① 加害的な考えが浮かぶ
② 「自分は危険かもしれない」と強い不安・恐怖を感じる
③ 確認する・保証を求める・刃物や運転を避ける
④ 一時的に安心する
⑤ 「考えないようにしよう」とするほど、考えは頭に貼りつく
⑥ 考えが浮かぶたびに、不安と対処行動が強まっていく
とくに⑤は重要です。「シロクマのことを考えないでください」と言われると、かえってシロクマが頭から離れなくなる──思考は、抑え込もうとするほど強く戻ってくる性質があります。加害の考えが消えないのは、あなたが危険だからではなく、消そうと努力しているからなのです。
「本当に危険な人」との違い
加害恐怖の方が最も知りたいのは、おそらくこの点だと思います。目安として、次のような違いがあります。
- 加害恐怖の方は、浮かんだ考えを「自分の本心とは違う、あってはならないもの」と感じ、強い苦痛を覚えます
- 考えに従って行動したい欲求があるのではなく、「万が一そうなったらどうしよう」という恐怖が中心です
苦痛を覚えるということは、人を傷つけたくない、傷つけてはならないという考えの裏返しでもあり、優しい人であろうとする気持ちの裏返しでもあります。
「傷つけたい」のではなく「傷つけてしまったらどうしようと怖い」──この構図そのものが、強迫症の症状であることを示しています。
自分でできる工夫
1. 考えを「消そうとしない」
浮かんだ考えを打ち消したり、「大丈夫」と自分に言い聞かせて中和しようとするほど、考えは強化されます。「また例の考えが浮かんだな」と、天気のように眺めて通過させたり、「はいはい」「あっそ」「ふーん」と、軽くあしらう感じで相手にしなかったりする練習が基本になります。
2. 確認・保証の求めを少しずつ減らす
運転後のニュース確認、家族への「私、大丈夫だよね?」は、一時的な安心と引き換えに不安を育てます。一番減らしやすいものから、回数を決めて減らしていきます。
3. 避けているものに、段階的に近づく
隠した包丁を元に戻す、短い距離から運転を再開するなど、回避を少しずつ解除していきます。不安なまま過ごしても、不安は時間とともに自然に下がることを、体験として積み重ねます。
ただし、加害恐怖は「怖さの対象が自分自身」であるぶん、一人での取り組みが難しい症状でもあります。無理にすべてを自力で進めようとせず、専門家と一緒に計画的に取り組むことをおすすめします。
専門的な治療──ERP(曝露反応妨害法)
加害恐怖を含む強迫症に最も効果が確立しているのが、認知行動療法の一種であるERP(曝露反応妨害法)です。不安が生じる状況にあえて段階的に触れ(曝露)、確認や回避をせずに過ごす(反応妨害)練習を、カウンセラーと計画的に進めます。
加害恐怖の場合、「包丁をしまわずに料理をする」「確認せずに運転を終える」といった課題を、ご本人と相談しながら、易しい段階から設定していきます。症状が強い場合は、医療機関でのお薬による治療(SSRIなど)との併用が効果的です。
医療機関の受診をおすすめするケース
- 気分の落ち込みが強く、食事や睡眠が大きく乱れている
- 外出や仕事がほとんどできない状態が続いている
- 「消えてしまいたい」という気持ちがある
こうした場合は、カウンセリングよりも先に精神科・心療内科の受診をご検討ください。また、この記事は「傷つけたくないのに考えが浮かんで苦しい」という強迫症状についてのものです。もし実際に誰かを傷つけたい気持ちや、自分を傷つけたい気持ちが強まっている場合は、一人で抱えず、医療機関や地域の相談窓口にすぐにご相談ください。
まとめ
- 加害的な考えが浮かぶこと自体は、誰にでもある普通の現象
- 加害恐怖は「傷つけたい」ではなく「傷つけたらどうしようと怖い」という症状で、実行の危険性とは別のもの
- 考えを消そうとするほど、考えは強く貼りつく
- 有効な心理療法はERP。一人で抱えず、段階的に取り組める
参考文献
- Radomsky, A. S., Alcolado, G. M., Abramowitz, J. S., et al. (2014). Part 1—You can run but you can't hide: Intrusive thoughts on six continents. Journal of Obsessive-Compulsive and Related Disorders, 3(3), 269–279.
- Rachman, S., & de Silva, P. (1978). Abnormal and normal obsessions. Behaviour Research and Therapy, 16(4), 233–248.
加害恐怖にお悩みの方へ
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- 初回相談(30分)1,500円
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本記事は情報提供を目的としたものであり、診断に代わるものではありません。執筆・監修:公認心理師 髙橋翔太
